宿のありもしない用件の電話
三重県に住む、私の知人が聞かせてくれた話しなんですがね。 同じ会社の同僚で、若手社員の、仮にAさんBさんとしておきましょうかね。 この二人が仕事で岐阜のほうへ出張したんですね。 仕事は思ったよりも早く片付いちゃった。 帰る段になって、Aさんが、 「なあ、せっかく岐阜まで来てるんだしさ、明日休みだしこのまま湯に浸かって、 うまい酒でも飲んで帰らないか?」って言った。 二人とも独身なんですよね。 別に誰も待ってるわけでもないし、それもそうだなって話しになった。 で、旅館を見つけてそこへ行ったんですがね、シーズンオフっていうんですかね、客の姿がない。 すぐに浴衣に着替えて大浴場に行ってみたんですが、二人だけ。貸切状態なんですよね。 「おい、これは儲けたな」って、二人はのんびりと湯に浸かった。 風呂からあがって、あーだこーだ話してるうちに、も夕食の時刻。 テーブルに食事やら酒やらが並ぶ。二人は話しをしながら酒を飲んでる。 そうするうちに、辺りは暗くなってきて、日が沈んだ。 外の景色は何も見えないし、辺りはシーンとしてるんですよね。静まり返ってる。 人間っておかしなもんですよね、人が大勢いると騒がしいって言うし、 誰もいないでシーンとしていると、それはそれで寂しいんですよね。 「おい、やけに静かだな。辺りの景色は見えないしさ。」 「本当だな。静かだな。おい、今晩あたり変なもんが出るんじゃないか?」 なんて言いながら、二人は笑ってた。 そこへ仲居さんがお酒の追加を持ってきたんで、からかい半分でAさんが、 「ねえお姉さん、このあたりにさ、幽霊が出るとか、心霊スポットがあるとか、怖い話ないの?」って言った。 仲居さんが、 「さあ…私は存じませんが、番頭さんなら詳しいお話も知ってると思いますので、お呼びしましょうか?」って言うんで、 「いや、いいのいいの。」って断った。 それでしばらく二人で飲んでたんですが、しばらくすると襖の向こうから、 「あのすみません。番頭ですが…」と声がするんで、返事をすると襖が開いた。 番頭「本日はお泊りいただきありがとうございます…あのなんですか…心霊関係の場所をお探しだと伺いましたが…」 Aさん「ああー、いいのいいの」 番頭「いや、私ね、気になっている事がございましてね…もしよかったらなんですが、お話をお伺いしたいんですが…」 どうやら番頭さんは、この二人をそういった心霊関係の人間だと勘違いしたようなんですね。 Aさん「どうしたんです?」 番頭「いや、この宿なんですがね…ちょっとおかしな事がありまして…よければ見ていただきたいんですが…。」 二人は暇なもんですからね、Aさんが「ああいいですよ」って言っちゃった。 で、番頭さんは立ち上がって歩いていくわけだ。二人は後からついていく。 旅館の中はシーンと静まり返ってる。 と、しばらく行くと、なんだか建物が古いんですよね。旧館なんだ。 部屋の前まで行くと、番頭さんが「こちらなんですが…」と言って、部屋の襖を開けた。 そして、壁にあるスイッチを押すと、ボヤーっと灯りがついた。 そこは、スリッパを脱ぐところがあって、一段床が高くなっている。 番頭さんはそこを歩いていって、また襖を開けると、中にあるスイッチを押した。 灯りがついたんで、二人も部屋に入っていくと、そこは和室なんですよね。 番頭「あの…あちらの電話なんですが…あちらの電話から、時たまフロントに、ありもしない要件の電話がかかってくるんです…」 Aさん「それ、イタズラ電話じゃないですか?」 番頭「いえ、うちにはそんなイタズラ電話をするような者はおりませんし、 それにこの部屋は普段あまり使われていないんですよ… 一体誰がこんな電話をかけてくるのか、大変気になっていましてね…正体が知りたいと思うんですが…」 するとAさん、多少酔った勢いもあって、 「それなら、私がここに泊まって、その正体を突き止めてやりましょうか?」って言った。 番頭「え?よろしいんですか…そうしていただけると有り難いんですが…」 Bさん「おい…悪いけど俺は嫌だよ。そういうの苦手だからさ…」 そういうと、Bさんはさっさと部屋に帰っちゃった。 番頭さん「じゃあ早速ですが、こちらに布団を準備させていただきますし、お食事やお酒もまた持ってきますので」 そして、部屋に布団が敷かれて、テーブルには食事や酒が並んだ。 Aさんは一人部屋に残されちゃったわけだ。 一人部屋でチビチビやってるわけだ。外は暗い闇で、何も見るものはない。 話し相手はいないし、暇ですしね… (ああ、こんな安請け合いしなきゃよかったな…バカみちゃったな)とは思うんですが、仕方ない。 (本当にこの部屋出るんだろうか?) 多少気にはなるんですけど、いい具合に酔ってるし、さほど怖くないんだ。 そうして時間は過ぎてく。辺りはシーンとしてる。 (なんだよおい。何も起きねえじゃねえか…参ったなおい…) そう思いながらチビチビ飲んでる。 時間が過ぎていく。 と、ザー…と音がする。雨が降ってきたようだ。 (おい嫌だなあ…陰気臭くて…) ひょいっと時計を見ると、もう夜中の12時をまわってるんですよね。 もう寝ようかな…と思っていると、自分の後ろを何かが通り過ぎる気配がした。 窓も戸も閉めきっているのに、確かに空気が動いたような気がした。 (よせよ…おい…) 辺りを見渡しても、もちろん誰もいない。 (でも確かに何かが動いたよなあ) と思いながら辺りをよーく見渡した。 と、部屋のすみに鏡台があって、その鏡の中に男がいる。 その男が自分をジーっと見ているんで、Aさん驚いた。 (な、なんだよあれは自分じゃないか…) でもやっぱり気味が悪い。 (もう寝ちゃおう) そう思って、布団に入ると、いつの間にかいい気分で寝ちゃったんですね。 そして朝フーっと目が覚めた。 (なんだよ何も起きなかったじゃないか) 浴衣のまま、廊下を歩いて自分の部屋に戻っていった。 Bさんの姿がある。仲居さんがテーブルに朝の食事を並べてる。 仲居さん「おはようございます。」 Bさん「おはよう。おい、何かあったか?」 Aさん「おはよう。いや、何も起こらなかったよ。ただ参っちゃったよ。 そのうち雨は降ってくるし、陰気な気分になっちゃってさ… まあびっくりしたって言ったら、鏡台の中に写った自分に驚いちゃってさ」 Bさん「おい、昨日雨なんか降ってなかったぞ?」 Aさん「え?」 仲居さん「ええ、星空でしたよ」 Aさん「え…」 仲居さん「あの、あちらの部屋なんですけどね…あちらには鏡台はございませんが…」 Aさん「いや鏡台ありましたよ。自分の姿を見て驚いたんですから。」 仲居さん「いいえ、鏡台はございません。それと、夜中の12時過ぎでしたかね… お電話いただきまして、氷と水をお持ち致したら、一人でお酒を召し上がっていましたね」 Aさん「え?電話なんてしてないですけど…本当に自分でしたか?」 仲居さん「さあ…部屋は暗かったですし、背中を向けられていたんで…でも、お客様だと思いましたよ。 それに、もうお人方がお先にお布団で休まれていたんで、 それで電気もつけずにお酒を召し上がっているんだなあと思ったんですよ。」 Aさん「いや、布団で寝てたのが自分なんですよ。」 仲居さん「じゃあ…お酒を飲まれていたのは、どなた様だったんでしょうか?」 何もないどころか、十分何かあったんですよね。





