足音
842 :足音(1/5):2012/08/02(木) 22:55:33.65 ID:H2AGvgqp0
娘の通う小学校が夏休みに入り、妻が娘を連れて里帰りしてる。
今住んでるアパートは木造二階建ての一階部分で、生活音などは筒抜けだが、
住人同士が互いに気を遣いあって、うまく折り合いをつけている。
何より安月給なので脱出したくてもする事が出来ず、ズルズルと四年間ほど過ごし、
二回目の契約更新時期が来てしまった。
土曜日の午前中に不動産屋で更新手続きの約束をしていたので、
必要な物を揃えて手続きを済ませると、不動産屋がニコニコ愛想を振りまきながら、
「何か不都合な点や、お部屋で破損した部分などはありませんか?」と訊ねてきた。
少し思い出しながら特に問題はない旨を伝えた後、少し気になっていた話題を切り出した。
「二階にお住まいの方は、男性ですかね? 少し歩き方が乱暴で、
夜中なんかは特に気になるんですよね。
あと深夜三時頃に、床に直接置いた携帯電話の目覚ましバイブがとても響くので、
出来れば床に直置きしないよう、伝えてもらえると嬉しいのですが…。」
ニコニコしていた笑顔が突然凍り付き、絶句しているように見えた。
そこで慌てて言い繕うことにした。
「あっ、でもそんなに気になるほどでもないので、別にわざわざお伝えいただくほどでもないかな?」
それでも絶句している。
「あの…。何か問題でもあるんですか? 二階の方」
「い、いえ、失礼いたしました。ただ、足音とか、携帯の振動は別の部屋から
聞こえてきてるということはございませんか?」
変なことを聞いてくるなと思いつつ、
「木造のアパートなので、上の人が今どこを歩いているかもハッキリわかりますと伝えると、
明らかに様子がおかしくなった。
「本当に上の階から聞こえて来てますか?」
「はい、間違いなく…。」
「左様でございますか。ですが、今上の階は空き部屋になっておりまして、誰も住んでいないはずなんです。」
「そんなバカな! 今朝も家を出る前に足音が何度か往復してましたよ。」
「そうなると、何者かに不正侵入されている可能性がありますね。
直ちに確認しようと思うのですが、念のため警察に連絡して、立ち会って頂こうと思います。
音は間違いなく上の階から聞こえているのですね?」
「間違いありません。何でしたら私の部屋でご確認いただいても結構ですよ。」
そうしたやりとりがあり、警察に連絡した上で、上の部屋を調べてもらうことになった。
俺は正直、逆恨みなどの不愉快な問題に巻き込まれるのが嫌だったので、自室で普通に過ごすことになった。
しばらくして不動産屋と大家、それから警察官の二人が上の階にやって来て、
鍵を差し込み部屋にあがったようだ。
しかし、明らかに足音が小さすぎる。
いつものようなドスンドスンという音ではなく、耳を澄ませば聞こえる程度の足音に、
内容を聞き取ることが難しい程度の話し声しか聞こえない。
何かがいつもと違うと感じていた。
しばらくして不動産屋が俺の部屋を訪ねてきた。
「今、一通り確認させていただいたのですが、特に侵入されたような形跡は無いようです。」
「いえ、でもいつも凄い足音と、生活音などが聞こえてくるのですが。」
「もしかしたら別の部屋の音ではないでしょうか?」
「先ほどお話ししましたが、それはないと思います。
差し支えなければ上の階を拝見してもよろしいですか?」
そこで二階に上がり部屋の中を見させてもらう。
自分の部屋と瓜二つの部屋だが、確かにまったく生活感がなく、
畳の匂いも張り替えた畳表の独特な香りが漂っていた。
「そんなバカな…。」
今度は俺が絶句してしまった。
警察は何やら書類のような物を書き留めた後、そのまま引き上げていった。
その日は他の部屋の音を聞き間違えたという結論にされてしまい、そのまま解散となった。
しかし夕方になると相変わらず生々しい足音が聞こえてくる。
そこで翌日の日曜の朝に無理を言って不動産屋に来てもらうことにした。
朝八時頃、不動産屋を部屋に招き入れ、たわいもない雑談をしながらお茶をすすっていると、
例によってドカン・ドカンと足音が聞こえてきた。
不動産屋はびっくりして「何ですか? この音は?」と心底驚いている。
「これですよ。凄い足音でしょ? 今この辺にいて…。あっ、こっちに移動しましたね。」
不動産屋も激しく頷いている。
「今、二階を見に行けばわかるんじゃないですか?」
その提案に、即座に二人で部屋を出て、一つしかない外階段を登ると、二階の部屋の呼び鈴を鳴らした。
何度か鳴らしてみても反応がない。
そこで不動産屋は鍵を出して扉に差し込もうとした。
その様子を見て俺はふと怖くなり、慌てて不動産屋を呼び止めた。
「よく考えてみたのですが、もし中に犯罪者が居たら、まずくないですか?」
激しく頷く不動産屋。
不審者が逃げないようドアの前で見張りながら、携帯電話を取り出し、再び警察を呼びだす不動産屋。
程なくして昨日見えた二人の警察官が再び二階の部屋の前に現れた。
簡単に事情を説明した後、鍵を差し込んでドアを開け、恐る恐る中の様子を見る。
しかし昨日と同様に誰もその部屋には居なかった。
洗面所、トイレ、押入の中、念のため屋根裏に行くことの出来る入り口がないかも徹底的に調べたが、
そうした身を隠せる場所はまったく見あたらなかったのだ。
そして、すべての窓には内側から鍵が掛けられていた。
俺と不動産屋は心底震え上がった。
あの音は間違いなくこの部屋から聞こえてた。
どうして誰もいないのか?
足音がしているとき、すぐに二階に来た。
外階段は一つしかなく、誰ともすれ違っていない。
誰も下には降りてこなかったのだ。
それなのになぜ?
結局俺はその不気味な足音に耐えられなくなり、恐がりな妻には十分な説明をしないまま、
そのアパートを解約した。
不動産屋は異例なことと言いながら、更新料をすべて返還してくれた。
実はその後の調べで、二階の部屋が心理的瑕疵物件であったことをコッソリと教えたくれた。
俺と話をした不動産屋は個人的にまったく知らなかったそうだが、
同僚の間では割と有名な話だったのだとか…。
GoogleStreatView(ストリート・ビュー)を見ると、そのアパートは今でも存在してる。

