次は私の番かもしれないから…

0735 01 2011/05/17(火) 00:04:34.04 ID:kP7tU3Lk0
全てのきっかけは母の入院。胃がんの手術だった。
母には告知せず、別の病名での手術だった。医者に説明を受けた親父の話によると
相当危ないらしい。やせ細って、肌を押しても弾力が全く無く、目の色も濁った感じになっていて、
あまりの母の変貌ぶりに「もうすぐ母は死んでしまうんだ」と漠然と思うようになった。
あの時の記憶ははっきり覚えている。当時、自分は大学4年生だった。
手術の当日、自分と伯母(母は三人兄妹。年長の兄と姉がいて、母は末っ子)の二人で母を見舞った。
とても不安だったんだろう「恐らく助からない気がする」と母が言いだした。伯母と二人で大丈夫、心配するなと励ますと、
更に妙な一言を付け足した。
「だって次は私の番かもしれないから…」
その一言が気になって、「番ってどういう事?」母に尋ねた。はじめは話すのをためらっていた母だが
「最期かもしれないから」と話し始めた。
以下、その時母から聞かされた内容を自分の記憶と合わせながら後述してみる。

話は10年以上も前にさかのぼるのだが、母の父、つまり私の祖父が亡くなったのは、
幼い記憶で曖昧だが、年長組か年少組どちらかの幼稚園時だった。祖父も胃がんにかかっていた。
その祖父の葬式での事。全ての段取りが終わって、親戚縁者で故人を偲びながら食事をしていた。
母は義姉(母方の長男の嫁、以降「おば」と呼称)と義兄(父方の長男、私の父は次男、以降「おじ」と呼称)と主に飲んでいたのだが、
酔いが回った「おば」が「義父さんの死は残念だけど、病気になってからさほど時間をかけず亡くなってくれて、介護の手間もかからず正直ホッとした」
と言う趣旨の発言をポロっとしてしまった。
でも悪意を感じたわけでもなし、母からすれば、「目の前に亡くなった当人の娘がいるのだから、もう少し気を使ってよ」とは思いつつも聞き流していた。
しかし、それを聞いた「おじ」が「義父の世話が大変なのはよくわかるが、故人に失礼だからそういう内容は口に出すもんじゃない」
と「おば」をかなり叱責してもめたらしい。
それでもこの出来事の記憶は、母にとって大して重要でもなかったようで、すっかり抜け落ちていたらしいが、
ある出来事がきっかけで思い出す事になる。その出来事というのが「おば」の葬式だった。

当時、私は小学5年生になっていて、「おば」は確か白血病の治療中に亡くなっている。
この出来事も前回と同じく、葬式が終わり親戚縁者での食事の最中だった。
その日は母と伯母(母の姉)と「おじ」の三人で主に会話して飲んでいたのだが、
「おじ」が相当酔っぱらって泥酔状態になってしまったらしい。
仕方なく伯母と二人で別室に「おじ」を運ぼうとしたらしいが、
突然「おじ」が「そういえばあの時OO(「おば」の名前)が、ふざけた事を言い出したから俺が叱ってやったんだよなぁ」
と上機嫌に前回の葬式でのおばとのやり取りを話し始めた。母もそう言われるまですっかり忘れていたのだが、
確かにそんな事があったと思い出しつつも、「おじ」の「おば」に対する発言が、
酔いも手伝ってエスカレートし次第に悪態に変わっていったので、
さすがの母も見かねてその場で「おじ」を軽くたしなめたようだ。
そして数年後、母がこの一連の記憶を完全に心にとどめる出来事が起こった。

今度はその「おじ」が交通事故で亡くなったのだ。
これは私が高校2年生の時で、早朝に「おじ」の死の報せを受けて、母が物凄く狼狽していたのをよく覚えている。
わき道から本道に出た途端の出会いがしらの事故だったらしい。背中に大きな傷があったものの、その他はとてもきれいな状態だった。
この件でさすがに母も奇妙な一件に気付き始めた。祖父の死の際、故人に対して失言した「おば」が亡くなり、
その「おば」の死に際し、酔っぱらって悪態をついた「おじ」が続いて亡くなった。
元来、母は迷信や怪談話の類が大好きな人で、当時自分が気付いたこの奇妙な関連を誰かに話したくて仕方がなかった。
おじの屋敷へ通夜の準備に赴く道中、手伝いに同行した伯母につい浮かれてその内容を話したのだが、
当然、伯母の反応は厳しかった。「葬式で沢山の人が集まって来るのだから滅多な事は言うもんじゃない。お願いだから他の人には絶対そんな事話さないでよ!」

「あっ…!!」
伯母に注意されて、母は思わず「ピーン」と直感したらしい。
何故なら今の状況って亡くなった「おば」や「おじ」の食事中のあの状況と似ている…
しかもあの時自分も二人のそばにいて関わりのある人間だ。さすがにこの一連の奇妙さが自分にも及んでくると、母はとても気味が悪くなり、
その件以来、もしかして身内の中で次に死んでしまうのは自分かもしれないと思うようになったそうだ。

その当時、話を聞き終えて、伯母は「ああ、そういえばそんな事もあったなぁ」と言う程度で、自分は自分で縁起が悪い話だなと思いつつ、
手術を前にして母は相当不安になっているなと思い、母を励ますのに終始した記憶がある。
ここで皆さんが知りたいのは、母のその後だと思うが、結果から言ってしまうと手術は成功、
術後も順調に回復し、この板の住人からすれば拍子抜けだろうが、15年以上たった今も元気に生きている。
ただこの奇妙な話には続きがある。
ここからは私の体験談になる。恥ずかしながら私は同人誌製作が趣味で、大学在学中には美少女系の商業誌ではあるが、
ちょくちょく仕事を貰えるようにまでなっていた。ちょうど母の入院中に一本仕事を終えて、編集部に原稿を届けに行った時の事だ。
迎えてくれたのは担当のAさん。なぜかその横にはAさんが担当している漫画家Bさんがいた。
Bさんは新人の私と違い、ベテラン作家で美少女系の漫画に詳しい人なら名前を聞いた事があるレベルの知名度の高い作家だった。
Bさんは編集部で原稿を仕上げている最中だった。しばし三人でお茶を飲みながら談笑。その時唐突にAさんから
「OO君(私)は怖い心霊体験とかある?他人から聞いた話でもいいんだけど…」詳しく尋ねると、
心霊体験を集めた本の出版企画があって、体験談の収集をしているらしかった。
私自身、心霊体験はないが、母から上記の話を聞かされたばかりだったので
「さほど怖くはないけども」と前置きしたうえでAさんとBさんに母の話をした。
その時は母の命も危うい時期だったので、「君の御母さんが無事だといいね」と言う話をしてくれたのを覚えている。
本は出版されたはずだが、献本が届いてないので話の採用はなかったと思う。

それから、しばらくたって数年後に私自身大きな病気にかかり
入院するはめになってしまった。病名は「おば」と同じ白血病。
しかも急性の為、急いで骨髄移植のドナーを見つける必要があった。
これがきっかけで、残念ながら私は漫画の仕事から足を洗う羽目になる。
病名を告知された時は真っ先に母の話を思い出した。
信じたくはないけど母の話が自分に継承されてしまった様な感じがして、
正直、とても不安になった。
しかもドナーの検査では家族の誰とも骨髄が一致せず、更に不安が増した。
幸い他のドナーから骨髄の提供を受ける事が出来たが
「俺の治療は上手くいかない、俺は多分死ぬ」
と術後も鬱々と過ごす日々だった。

しかし、そんな心配をよそに術後はとても順調に進んでリハビリを受けられるまで回復していた。
そんな折、懇意にしていた漫画家のDさんから見舞いのメールが届いた。
その内容の一部を見て驚いた。私の担当だったAさんが病気で亡くなったらしい。
病名までは詳しくわからない。「もしかして…?」物凄く嫌な感じが一瞬脳裏をよぎる。
もしかして昔、自分が余計な事を話したせいで、
Aさんにも因縁めいたものが継承されてしまったのかなと不安に駆られた。
しかもその数日後には伯母の旦那さんが亡くなったという報告を母から受けた。
交通事故だった。原付バイクで通勤中に車と接触したらしいが、
接触の際に伯母の旦那は衝撃で飛ばされて、電信柱の足場用のネジに頭が突き刺さって、
それはひどい有様だったようだ。確認はしていないが、
伯母の旦那は恐らく伯母から母の話を聞いたのではないか?そのせいで不幸に巻き込まれたんだと思った。
そして極めつけは更に数ヵ月後に届いた漫画家Bさんの訃報だった。
Bさんの死因もドライブに行った際の交通事故だったそうだ。
現在、私の体は少し不自由になりはしたが、一命を取りとめてなんとか生活している。
ちなみに母も伯母も元気だ。
偶然の話と言われればそれまでなのだが、自分の命の為に犠牲になった人がいるみたいな感じがして
複雑な気持ちで日々を過ごす毎日だ。
一抹の不安もあるのだが、どうしても記録を残したくて話をまとめてみた。
皆に幸多くあらん事を。
駄文、長文失礼しました。以上。

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