はね上げ戸
668 :本当にあった怖い名無し:2011/02/26(土) 01:35:40.09 ID:qKj/rspJ0
数年前の正月、実家で過ごす。
大正5年に建てられたこの家。そろそろ築100年になるのかな、、、。
台所でテーブルに座り天井を見つめる。
梁がむき出しで、すすけた板張りの天井。
子どものころから見慣れた天井。
そして、西の隅にある、はね上げ戸の取っ手。
はね上げ戸?何でこんなもんがある?
「父さん。この戸何のためにあるの?」
「何のためって、二階に行くためサ。」
「二階のどこに?中の間か?」
「小作の部屋。なあ、母さん。」
「なにそれ?知らんぞ。」
というわけで、我が家には俺や姉が認識していない部屋があることに、その時気づいた。
父が言うには、むかし農家であった実家。
そこで、田植えなどの時に小作農家の人たちが、仮の部屋として寝泊りしていた部屋らしい。
「どうやって上にいくのさ?」
「蔵にあるはしご、あれここに上るためにあったんさ。」
正月。どうせ暇だ。父と母と俺、姉夫婦とその子ども、叔父、叔母。
一族そろって外に出て、通し柱の位置から部屋の広さを想像する。
黒い土壁の縦の格子が窓らしい。牢屋みたい、、、。
小学生の頃、家の絵を書いた時、格子も書いた。
そんな窓を自分たちのどの部屋からものぞくことはなかったのに、今の今まで気づかなかった。
うかつすぎる俺。
その部屋は、構造を考えると横約2m。縦11mと恐ろしく細長い部屋のようだ。
中を見てみたい。
父と叔父は懐かしがって、はしごまで運びそうになったが、
ほこりが落ちてくるからダメ。正月から掃除はいやだ。
母の強い言葉でその部屋は開かれずに封印されたままになった。
母が嫁いでから、一度もその部屋は使ってないらしい。
親父も知っているのは10歳くらいまでらしい。
つまり、50年ほど使ってない計算。
開かずの間だな、、、。まさしく。
子どものころから見慣れている天井。
自然の風景のようになんとなく見ていた。
家にあるもの意味や役割など考えなかった。
大学卒業まで何も知らずに、開かずの間と壁一枚へだてて過ごした。
考えると少しぞっとした。

