ボットン便所の怪物
878 :本当にあった怖い名無し:2010/05/04(火) 05:44:59 ID:H1CYTpoB0
個人的に散っ々だった2008年も終り、2009年を迎えるにあたって、新年の抱負でも書こうかと思ったが、悩んだ末、記念すべき初日記は長年成し遂げられなかった俺の見果てぬ夢について語ろうと思う。
そもそもの始まりは、まだ保育園に通っていた頃にまで遡る。
純粋無垢な幼児だった俺は、他の園児達がウルトラマンや仮面ライダーに憧れるなか、戦隊物ヒーロー、ゴレンジャーに夢中だった。
赤や黄色に色分けされた、今思い返せば全身タイツにブーツ、ベルト、フェイスマークを付けただけの簡素な戦闘服を身に纏い、正義と友情を武器に五人で戦うベタベタな勧善懲悪物だったが、当時の俺は、番組が始まるとテレビにかじりついて、てこでも動かなかったらしい。
そんな俺がある日、腹を壊して保育園を休んでいたときの事。
病院に行って診察してもらい、母と一緒に、父が勤め、管理人をしている社員寮(昼間は母が管理人をしている)に行くことになった。
うちは俺を含めて子供六人の八人家族だった為、六畳二間の管理人室では狭苦しく、近くのアパートを借りて半々に(年長組は父と社員寮に、年少組は母とアパートに)わかれて暮らしていた。
俺は下から二番目だったから、夕御飯や、休日の食事等のとき以外はアパートにいたため、寮で過ごす事が少なく、平日の昼間で社員のいない、来客もほとんど無い木造長屋の静まり返った寮は、母が一緒に居るとはいえ、少なからず恐怖を感じていたのを覚えている。
薬をジュースで流し込み、横になった俺は、母とおしゃべりしたり、玩具で遊んだり、テレビを見たりして過ごしていたが、薬が効かなかったのか、度々トイレに連れていってもらった。
一人で行けないほど腹痛が酷かった訳じゃ無い。L字の形をした寮は共同便所で、管理人室とトイレはそれぞれ末端に位置しており、トイレまでの道が長かったのと、アパートが水洗だったのに対し、寮はボットン便所で怖かったからだ。
そうこうするうちに時刻は夕方になり、母は弟を迎えに家を出、俺はゴレンジャーを見ていた。
物語も終盤を迎えた頃、腹が痛くなりだしたが、最後まで見たかった俺は我慢に我慢を重ね、エンディングテーマが流れる頃には限界ぎりぎりだった。
もうダメだこれ以上は!そう思った俺はトイレのお供に掌サイズのゴレンジャー人形を持ち、大急ぎで部屋を出た。
歩いて一分もかからない、せいぜい二、三十秒程の長さを、ボットンへの、漏らすことへの恐怖に怯え、全力で脱兎の如く走りに走る。
トイレに駆け込み、なるべく下を見ないようにしながら、ズボンを脱いだ瞬間、肛門という名の防波堤に辛うじてせき止められていた¨もの¨は、人の生理現象が生み出す最も大きな音を響かせながら、暗黒の闇へと落ちていった。
間に合ったことへの安心感、そして溜まりに溜まったものを放出する開放感のせいだろうか。
弛緩した俺の意識、筋肉は、手の中にゴレンジャーがいることを忘れ、手放してしまった。
カツン、と乾いた音がした時、反射的に下を見ると、ゴレンジャーが逆さまに暗黒へと吸い込まれていくところだった。
助けようと手を伸ばしかけたが、その時にはもう手遅れ、お気に入りの玩具を失った俺はパニックに陥り、恐怖も忘れ、何とか助けようと穴に手を入れてみるが、まったく届かない。
糞便に塗れた手で便器を外そうとしたり、用具入れにあったデッキブラシを突っ込んだり、色々やるも無駄なあがきだった。
その時の絶望感は今でも忘れられない。ボディーチェンジに失敗したギニューよりも深い絶望を感じた、
と云えば判りやすいだろうか。
とにかく俺は諦め切れなかった。母なら何とかしてくれると思い、手も洗わずケツも拭かずに管理人室へと急ぐ。
長い廊下を駆け抜け、管理人室前の勝手口に着くと、ちょうど学校から帰って来たのだろう、兄が靴を脱いでいるところだった。
兄は俺を見るなり驚きの表情を浮かべ、次いで俺のひどい有様を認識するやいなや、汚らわしいものでも見るかのように顔をしかめ、
「洗ってこい糞野郎」
みたいな事を言っていたと思う。
しかしパニックに陥っていた俺はゴレンジャーを救出する事しか頭になく、兄を見て気が緩んだのだろう、
半ベソで駆け寄りながら、
「ゴレンジャーが死んじゃう」
「助けないと!助けないと!」
と、泣き叫んでいたと思う。
しばらく「洗ってこい」→「だってゴレンジャーが~」みたいな事を繰り返し、漸く兄も事の全容を理解したのだろう、少しの間沈孝すると、
「分かった、とにかく洗ってこい」と言い、その言葉を聞いて安心した俺は、兄の指示に従って手を洗い、服を着替えた。
身奇麗にした俺は、まるでパブロフの犬のようにせがみ始め、兄は少々辟易気味だったが、つと真顔に戻ると、
「ゴレンジャーの前に言っておきゃなきゃいけないことがある」
そう前置きして、こんなことを言い始めた。
「知ってるか?ボットン便所の怪物のこと。知らない?そうか、なら教えてやる。
おまえにも、赤ちゃんの事はわかるよな?そう、おまえも俺も、皆昔は赤ちゃんだった。
もちろん産まれる前は、お母さんのお腹の中だ。
◯◯(弟)がいるんだからわかるよな?そして、お父さんお母さんに愛されて産まれてくるんだ。
でも、世の中には愛されずに産まれてくる子もいる。
何故かって?愛してなくても、子供は生まれるものなんだ。
だからそんな子どもは、お母さんにとっては邪魔なんだ、愛してないから。
その子はどうなるのかって?わからないかな、おまえも要らないものは捨てるよな?それと一緒で、捨てちゃうんだよ、
見つからないようなところへ、例えば海とか山の中に、ね。
どうして見つかっちゃいけないのかって?それはな、いけないこと、悪いことだからだよ。いくら邪魔だからって、
捨てちゃうのは可哀相だろ?
そんなひどいお母さんが、この寮にも居たことがあるんだ、随分前だけどね。
そのお母さんとお父さんは、ここで出会って、愛し合うようになった。
でも、いろんな小さな事で喧嘩を繰り返すうちに、二人は別れちゃったんだ、嫌いになったから。
それからしばらくして、そのお母さんは素敵な男の人に出会ったんだ。
何度か会ううちに二人は愛し合うようになったんだけど、その時にはもう既に、お母さんのお腹の中に赤ちゃんがいたんだ。
そう、別れたお父さんとの子供だよ。
そのお母さんはね、嫌われると思って赤ちゃんがいることを言えずに隠してたんだ、ずっと。
でもね、月日が経つうちに段々隠しきれなくなってきたんだ、お母さんのお腹がおっきくなってきたから。
そしてとうとう男の人にばれてしまった。
男の人はすごく怒って、お母さんはなんとか許してもらおうとするんだけど、男の人の機嫌は直らない。
そのお母さんには男の人がなにより大切だった、赤ちゃんよりもね。
だからお母さんは言ってしまったんだ、「この子を捨てるからお願い」って。
それを聞いた男の人は考え込むように黙って、こう言ったんだ、
「なら今すぐ捨ててこい」って。
お母さんは胸が痛んだけれど、男の人を失いたくなかったから、受け入れてしまった。
それから毎日、お母さんは会社も休んで調べに調べたんだ、捨てる方法を。
そして知ってしまったんだ、方法をね。
お母さんは家に帰ると、園芸用の小さなスコップ、懐中電灯、黒いビニール袋を用意すると、まるでお葬式に、いや、泥棒に行くみたいに黒い服を着て、待ったんだ、真夜中になるのを。
そうして、月もない真夜中、お母さんが向かった場所は、墓場だった。
自分の足元さえ見えないぐらい暗い墓地を、懐中電灯の明かりを頼りに、お母さんは探した。
右に左に光を翳し、お母さんは必死に探した、そして見つけたんだ、墓地に咲く赤い花を。
その花は彼岸花といって、 根っこの部分に毒があるんだ。
昔の人はいらない子を捨てるとき、この花の根っこを食べていたことから、捨子花、ともいうんだよ。
そんな毒の花を摘み終えると、お母さんはすぐに帰った。
球根を綺麗に洗い終えると、お母さんは食べ始めた。
苦くて、まずくて、とても食べられたものじゃなかったけれど、お母さんは我慢して食べ終えた。
そうしてしばらくすると、お腹が痛くなりだした。
痛みは段々強くなって、あまりの苦しさにお母さんは気を失ってしまったんだ。
そしてお日様が出始める頃、お母さんは気がついた。
体の痛みを我慢して起き上がると、足の間に血まみれの小さな赤ちゃんがいた。
お母さんはまた気を失いそうになりながら、赤ちゃんを抱えて必死でトイレへと向かった、自分の身勝手な幸せの為に赤ちゃんを捨てにね。
立ち上がることが出来なくて、廊下に血の跡を残しながらゆっくりゆっくり這い進むんだ、ミミズのように、痛みに堪えながら。
トイレに着き、便器までやっとこさ這い進んだんだけど、お母さんはそこで死んじゃったんだ、便器に顔を突っ込み、赤ちゃんを握りしめて。
それ以来、夜な夜な便器まで這い進むお母さんの幽霊が現れるらしいんだ・・・放り込む赤ちゃんを探しながら。
だから、あそこには近づかないほうがいいんだ。
特におまえは、ちょっと前まで赤ちゃんだったんだから、勘違いされて連れていかれるかもよ・・・」
兄の話を聞いて、俺は恐ろしさに震え上がった。
ゴレンジャーを助けたい、けれどそんな怖いところに一人では行けないし、帰って来た家族中に聞いても「諦めろ」としか言ってくれない。
俺はあんな所に取り残されたゴレンジャーが可哀相で可哀相で、泣きに泣いた。
俺は泣き疲れて、ご飯も食べずに眠ってしまい、そのまま寮に泊まることになった。
あの夢をみたのは、兄から話を聞いたせいかもしれないし、ゴレンジャーへの執着が強すぎたのかもしれないし、ご飯も食べずに寝たせいかもしれない。
今でも見るその夢の始まりは、いつも廊下だった。
暗闇に彩られた廊下の先に、ほの暗い明かりを燈したトイレが見える。
俺はゆっくりゆっくりトイレまで進む。
トイレの入口に着くと、どこかで扉の開く音が聞こえる。
俺はあの便器の前まで進み、暗い穴を覗き込む。
その時初めて、手に何か赤いものを持っていることを認識する。
それは靄がかかったようによく見えず、ただ赤いことだけ分かる。
俺は魅入られたように穴を見つめ続け、その間ずっと、何かを引きずるような音が聞こえる。
その音は段々、段々大きくなる。
その音が聞こえなくなったとき、俺は振り返り、そして―――
目が醒め、俺は現実に帰る。
夢はいつもそこで終わり、その先はいつも見られない。
疑問は遺る。
あの最初の日、俺はトイレで眠り込んでいたところを明け方、早起きした社員に起こされている。
その時は寝ぼけてて、社員に連れられて部屋に戻ると直ぐにまた寝入ったが、朝目が醒めると、まざまざと夢の内容を思いだし、父にトイレで寝ていたことを聞かされた俺は、その日以来、あの寮で過ごすことを出来るだけ避けてきた。
何故、俺はあの日トイレで寝ていたのか?あの夢は、現実に起こったことなんだろうか?
あの夢の先には、どんなものがいるんだろう?
恐怖心と好奇心が、俺の中で相反する。
叶うならば見てみたい、そして願わくば、縁起がいいとされる初夢で見れるような夢であってほしい。
終わり

